- 高次脳機能障害の具体的な症状がわかる
- 高次脳機能障害の治療法を知ることができる
- 高次脳機能障害を負っても社会復帰できる可能性があることがわかる
- 交通事故で高次脳機能障害を負ったときに請求できる賠償金の概要がわかる
交通事故で頭を強く打つと、高次脳機能障害を引き起こすことがあります。高次脳機能障害と診断され、後遺障害等級の認定を受けると高額の慰謝料を請求できる可能性もあります。
ただ、高次脳機能障害は骨折などとは異なり目に見える負傷ではないので、医師でも見逃してしまうこともあります。適正な後遺障害等級を獲得するためには、医師に対して具体的な症状を正確に伝えることも重要です。
また、いったん高次脳機能障害を負ってしまうと治らないのか、記憶障害や注意障害などを一生抱えていかなければならないのか、ということも気になるところでしょう。
そこで今回は、高次脳機能障害の具体的な症状や治療法、社旗復帰できる可能性がどれくらいあるのかなどについて、わかりやすく解説していきます。
高次脳機能障害とは
高次脳機能障害とは、頭部に強い衝撃を受けたり、脳卒中などの病気で脳に圧力がかかったりして脳組織が損傷し、さまざまな障害を引き起こすことをいいます。
脳組織のうち、呼吸や循環など生命維持を直接司る機能には影響がなく、ものを覚える、行動を計画して実行する、気持ちを抑えるといった高度な機能が損なわれた場合に高次脳機能障害となります。
交通事故の衝撃によっても高次脳機能障害を引き起こすことがあります。その場合、外傷が治癒して一命を取り留めても、記憶や思考、感情、行動、人格(性格)などの面に影響が出て、日常生活にも支障をきたしてしまうことが少なくありません。
高次脳機能障害の具体的な症状
高次脳機能障害となった場合に出現する具体的な症状として、以下のようなものが挙げられます。
なお、高次脳機能障害を負ったからといっても、以下のすべての症状が現れるわけではありません。1つの目立った症状が現れることもあれば、複数の症状が現れることもあります。症状の程度も、軽度のものから重度のものまで患者さんによってさまざまに異なります。
記憶障害
発症後、記憶力に支障が生じる障害のことを記憶障害といいます。記憶障害にも、以下のようにさまざまなパターンがあります。
- 前向健忘
- 逆向健忘
- 全般的な知的機能の低下
- 作話
- 失見当識
発症後に触れた新たな情報やエピソードを覚えることができないという症状です。発症後に起こった出来事は記憶されなくなってしまいます。
発症より前の記憶を失ってしまう症状です。特に、体験やエピソードに関する記憶が失われやすいといわれています。
なお、重度になると前向健忘と逆向健忘の両方が現れ、ほとんどすべての記憶が損なわれる「全健忘」に至ることもあります。
理解力や判断力、論理的思考力などの知的機能が全般的に低下する症状も、記憶障害に分類されます。記憶の障害は、ほぼすべての知的機能に影響を及ぼすからです。
記憶を失うこととは逆に、実際に体験していないことが誤って追想されることを作話といいます。この症状も記憶障害の一種であるとされています。
失見当識とは、「今がいつか」「ここがどこか」がわからなくなるというように、日時や場所、周囲の状況、人物などが認識できなくなる症状のことです。
注意障害
注意障害とは、ひとことでいうと集中力がなくなる障害のことです。以下のように、いくつかのパターンがあります。
- そもそも集中することができず、注意散漫である
- 短時間は集中できても、長時間は続かない
- 集中しはじめても、他の刺激に注意を奪われてやめてしまう
また、脳を損傷した部位の反対側の空間を認識できなくなる「半側空間無視」という症状が現れることもあります。視神経が損傷しているわけではなく、見えるはずなのに注意を向けることができず見えないため、注意障害に分類されています。
遂行機能障害
目的に沿った行動ができなくなったり、目的に沿った行動計画を立てられなくなったりする障害のことを遂行機能障害といいます。
自分の行動を客観的に把握する機能が損なわれると、周囲の人から目的を設定されても適切な行動をとれなくなってしまいます。
行動する能力が損なわれていない場合でも、行動の目的・計画を企てる機能が損なわれると、衝動的・場当たり的な行動となり、結果は成り行き任せとなってしまいます。ただ、この場合は周囲の人から段階的に行動を指示されれば目的を遂行することは可能です。
社会的行動障害
主に感情をコントロールする機能が損なわれることにより、適切な社会的行動ができなくなる障害のことを社会的行動障害といいます。よく見られる症状として、以下のようなものが挙げられます。
- 意欲が低下し、1日中ゴロゴロして過ごす
- すぐにイライラし、暴力や性的逸脱行為といった反社会的行動をする
- 自己中心的になり、思いどおりにならないと大声を出す
- 欲求をコントロールできず浪費する
- 退行性変化(人格機能の低下)により子どもっぽい行動をする
また、記憶障害とも関係がありますが、認知能力や言語能力が損なわれるとコミュニケーション能力が低下するため、対人関係が苦手になることもあります。
さらに、遂行機能障害とも関係がありますが、目的に沿った行動や行動計画が困難となるため、今までの行動が社会的に不適切なものであっても同じ行動をとり続けることもあります。
高次脳機能障害の診断基準
医師は、さまざまな心理学的検査を通じて以上の症状の有無や内容、程度を確認し、さらにCT、MRI、脳波などの検査に基づく所見も踏まえて、一定の基準に従って高次脳機能障害の診断を下します。
高次脳機能障害の診断基準でポイントとなるのは、以下の4点です。
- 脳の器質的病変の原因が確認できること
- 認知障害により生活上の制約があること
- 脳の器質的病変が医学的に確認できること
- 診断から除外されるケース
なお、診断は脳の器質的病変(ダメージ)が生じた外傷や疾病の治療により、急性期の症状を脱した後に行われます。事故後すぐに高次脳機能障害と診断されるわけではありません、
脳の器質的病変の原因が確認できること
高次脳機能障害と診断されるのは、原因となる脳の器質的病変が事故や疾病によって発生したことが確認できる場合に限られます。
原因不明で症状だけが存在するような場合は、認知症など他の障害として診断される可能性はありますが、高次脳機能障害とはなりません。
認知障害により生活上の制約があること
記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの認知的な障害によって日常生活または社会生活に支障が出ていることも必要です。
生活上の制約の原因が認知的な障害ではなく手足の麻痺など身体機能の障害である場合は、高次脳機能障害ではなく他の障害として診断される可能性があります。
脳の器質的病変が医学的に確認できること
認知障害の原因となる脳の器質的病変の存在が、次のいずれかの資料によって確認できることが必要です。
- CT、MRI、脳波などの検査結果
- 過去の診断書
交通事故の損害賠償の実務では、CTやMRIの検査で脳の器質的病変の画像所見が認められない限り後遺障害等級の認定を受けることは難しいのが実情です。
ただ、医学上は画像所見がなくても、神経心理学的検査の所見なども参考にしつつ、慎重な評価によって高次脳機能障害と診断することも可能とされています。最近では裁判例でも、画像所見がなくても高次脳機能障害による後遺障害等級が認められる事例が増えつつあります。
したがって、高次脳機能障害の症状が出ている場合は、画像所見がなくても後遺障害等級に関する損害賠償を請求できる可能性があります。
診断から除外されるケース
基本的には以上の3つの要件を満たせば高次脳機能障害と診断されますが、以下に該当する場合は除外されます。
- 身体障害として認定可能な症状(手足の麻痺など)が認められるものの、記憶障害・注意障害・遂行機能障害・社会的行動障害などの認知障害が認められないもの
- 受傷または発症前から存在していた症状や検査所見
- 先天性の疾患、周産期(妊娠22週から生後7日未満まで)に生じた脳損傷、発達障害、進行性疾患が原因となっている脳の器質的病変
高次脳機能障害は治るのか?
交通事故で高次脳機能障害を負ってしまった場合は、後遺障害等級認定を受けて慰謝料等を請求することも大切ですが、一番の願いは元どおりに回復して社会復帰することでしょう。
高次脳機能障害は治療によって治るのでしょうか?
治療法はリハビリが中心
高次脳機能障害では脳組織が損傷しているため、残念ながら現在の医学では完治させることはできないとされています。また、症状を直接的に改善させるような治療法も見つかっていません。
事故で負った損傷の急性期症状の治療が落ち着いた後は、リハビリテーションが治療の中心となります。
リハビリによって一定の回復は可能
リハビリによっても完全に元どおりにまで回復するわけではありませんが、一定の回復は可能です。症状の程度にもよりもますが、社会復帰も期待できます。
脳組織はいったん損傷すると再生しないといわれていますが、リハビリによって残った脳領域の神経回路を変化させることにより、失われた機能をある程度までは取り戻すことが可能と考えられています。
根気よくリハビリを続け、日常生活の中でもさまざまなことに取り組んでいけば、徐々に症状が改善していきます。
社会復帰につなげるためには早期のリハビリ開始が重要
リハビリは根気よく続けることが必要ですが、社会復帰を目指すためには早期のリハビリ開始が重要であるといわれています。
通常、高次脳機能障害を発症してから1年程度までは著しい改善が見られるものの、1年が過ぎたころから改善のスピードが緩やかとなり、2年を過ぎたころには症状がほぼ固定する傾向にあるからです。
受傷後の急性期には安静が必要ですが、その後に高次脳機能障害の症状が出た場合は、早期に適切なリハビリを行うことが重要となります。
交通事故後の記憶障害も回復する?リハビリの内容とは
高次脳機能障害のリハビリは専門医の指導に従って実施しますが、ここでは「高次脳機能障害情報・支援センター」(国立障害者リハビリテーションセンター)が提供しているリハビリプログラムの内容をご紹介します。
このリハビリプログラムは、患者さんの目標に応じて以下の3つのステップを踏んで行われ、段階的に社会復帰を目指していきます。
- 医学的リハビリテーションプログラム
- 生活訓練プログラム
- 就労移行支援プログラム
基本的には1年間で全体が終了しますが、症状の程度や改善のスピードに応じて柔軟にプログラムが組まれます。
医学的リハビリプログラム
医学的リハビリプログラムは、医療機関において記憶障害・注意障害・遂行機能障害・社会的行動障害といった個々の認知障害の症状について、医学的な対処法によって改善を図る療法です。
初期の段階で行われるため、外科的治療や薬物治療、心理カウンセリングなども含まれます。
認知障害の症状そのものの改善を目指すステップですので、改善の程度によっては医学的リハビリプログラムの途中でも生活訓練プログラムや就労移行支援プログラムの内容が加味されていくことがあります。
生活訓練プログラム
これ以降のリハビリプログラムでは、認知障害があるとしても、それを前提として日常生活や職業で必要となる動作や技能を習得することを主眼とした訓練が行われます。
生活訓練では、自律的な生活を送ることが可能となるように、生活リズムの確立を目指すほか、スケジュール表を活用するなどして自ら日課をこなすような訓練や、服薬管理、金銭管理なども自分でできるように習慣化を図っていきます。
また、買い物などの外出、調理、グループ内での意見交換等による対人関係の訓練などによって、日常生活能力だけでなく社会活動能力の向上も図ります。
さらに、自律的な生活能力を獲得するためには家族の協力をはじめとする環境調整も重要となるので、家族に対する支援も行われます。
就労移行支援プログラム
就労移行支援プログラムでは、模擬職場での作業体験や実際の事業所での職場実習などによって、さまざまな技能や職業生活上のマナーの習得を図ります。
その上で、利用者の適正に合った職場を探して事業所との仲介を支援する「就労マッチング」も行われます。その過程で、履歴書の書き方や面接におけるマナーなども指導されます。
利用者が就職すれば終わりというわけではなく、支援者が利用者や職場と連絡を取り、継続して働いていけるように支援する「職場定着支援」までが就労移行支援プログラムに含まれます。
交通事故による高次脳機能障害で請求できる賠償金
交通事故で高次脳機能障害を負った場合に請求できる賠償金で主なものは、以下の3つです。
- 入通院慰謝料
- 後遺障害慰謝料
- 逸失利益
この他にも治療費、入院雑費、通院交通費、休業損害、物損に関する賠償金なども請求できますが、ここでは特に重要な上記3つの賠償金について解説します。
入通院慰謝料
入通院慰謝料とは、交通事故で負ったケガが治癒するか、または症状が固定するまでの治療期間に応じて支払われる慰謝料のことです。
高次脳機能障害の場合は、外傷が治癒した後も症状固定するまでに1~2年程度のリハビリ期間を要するのが通常です。
例えば、入院3ヶ月、通院15ヶ月(合計で1年6ヶ月)で症状固定した場合の慰謝料額の目安は242万円となります(弁護士基準による場合)。
慰謝料の算定基準の種類と計算方法について詳しくは、こちらの記事でご確認ください。
後遺障害慰謝料
後遺障害慰謝料は、症状固定後に残った後遺障害によって日常生活や職業において制約を受けることから、その精神的苦痛を慰謝するために支払われる賠償金のことです。
慰謝料額は1級~14級の14段階に分類された後遺障害等級に応じて決められており、1級が最も高額、14級が最も低額となっています。
高次脳機能障害の場合は、障害の程度に応じて1級・2級・3級・5級・7級・9級のいずれかの後遺障害等級に認定される可能性があります。慰謝料額は690万円~2,800万円です(弁護士基準による場合)。
高次脳機能障害の後遺障害等級と慰謝料額について詳しくは、こちらの記事でご確認ください。
高次脳機能障害を負った際の後遺障害等級認定されるポイントは?|慰謝料の相場も合わせて解説!
逸失利益
逸失利益とは、後遺障害によって労働能力が制限され、将来にわたって収入が減少すると考えられることから、事故に遭わなければ将来的に得られたであろう利益と現実に得られる見込みの利益との差額が賠償されるものです。
金額は、以下の計算式によって求められます。
基礎収入×労働能力喪失率×労働喪失期間に相応するライプニッツ係数
例えば、高次脳機能障害で後遺障害等級7級に認定された人が、事故前の年収が500万円、症状固定時の年齢が40歳だったとすれば、逸失利益は5,131万5,600円となります。
(計算式)
500万円(基礎収入)×0.56(労働能力喪失率)×18.327(ライプニッツ係数)
=5,131万5,600円
逸失利益の計算方法について詳しくは、こちらの記事でご確認ください。
まとめ
高次脳機能障害にはさまざまな症状がありますが、身体的な機能ではなく認知機能に支障が出ることが特徴的です。それだけに、注意深く見なければ的確に診断を受けられないおそれがあります。
また、高次脳機能障害を負ってしまうと完治は無理でも、障害の程度によってはリハビリを継続することで社会復帰が可能な程度にまで回復することも見込めます。家族の協力も得ながら、適切なリハビリプログラムを受けることをおすすめします。
後遺障害等級の認定申請など、損害賠償請求についてわからないことや不安なことがあるときは、一度弁護士に相談してみることをオススメします。
適正な賠償金を獲得した上でリハビリに臨み、社会復帰を目指していきましょう。