交通事故に遭ったら、被害者は加害者に賠償金を請求する権利があります。多くの場合は相手の保険会社の担当者との交渉となります。しかし、それで納得がいかない場合は調停を経て、最終的には民事裁判に至ることになるでしょう。
交通事故に限らず様々な民事事件において耳にする民事裁判ですが、その費用や手順・流れについてはあまり知られていません。ここでは、交通事故での賠償問題における一般的な民事裁判に絞って、解説していきます。
民事裁判とは?
民事裁判とは民事事件において行われる裁判です。裁判所にて話し合いで民事事件の解決を図ろうとする民事調停に対して、裁判官の判決をもって解決しようとするのが民事裁判です。その種類には通常訴訟、手形小切手訴訟、少額訴訟、人事訴訟、行政訴訟の5つがあります。それぞれ以下のような意味があります。
●通常訴訟
債務の存在やその金額について争う場合にとる法的手段です。民事訴訟法の規定に則った通常の訴訟です。請求金額が140万円以下の場合は簡易裁判所、それ以上の場合は地方裁判所が管轄になります。交通事故による賠償問題で提起されるのはこの通常訴訟です。
●手形小切手訴訟
通常の訴訟よりも迅速に債務名義を取得することを目的とする訴訟手続きです。手形・小切手による金銭の支払請求と、これに伴う法定利率による損害賠償請求をすることができます。
●少額訴訟
請求金額が60万円以下の場合に利用できる制度です。即日判決が出るという迅速さが特徴です。上訴はできないため、内容に争いがある場合は最適な手段とはいえないでしょう。また、被告が少額訴訟を拒否すると、通常訴訟となります。
●人事訴訟
離婚や子の認知など、夫婦・親子の関係についての争いを解決する訴訟手続きです。代表的なのは離婚訴訟ですが、これは未成年の子どもの親権、財産分与・養育費について判決が下されるものです。
●行政訴訟
行政に認められている権限について、その効力を争ったり、物事の停止や執行を請求したりする法的手段です。裁判を起こすには不服審査の申し立てが必要で、裁判を起こすことができる人も限られています。
民事裁判の当事者や内容
次に民事裁判の当事者や内容を見ていきます。民事裁判は広い意味では、刑事裁判以外の裁判です。刑事裁判では被疑者と検察官の間で罪があるかどうか争うものでしたが、民事裁判では私人間で当事者の訴えることが本当に起こったのか、法の観点から当事者が請求する内容は妥当かどうかなどを争います。
当事者は原告と被告
民事裁判の当事者は原告(訴える側)と被告(訴えられる側)になります。民事裁判は刑事裁判のように捜査機関(国)と被疑者の間で行われるものではなく、私人同士の争いになります。また、刑事裁判では被告に対して、判決が下されるまでは無罪と推定する原則がありますが、民事裁判はそのような推定事項はありません。
民事裁判で争われる内容
民事裁判で争われる内容は交通事故における損害賠償の金額や賃金の返還、建物の明け渡し、不当な解雇に対する復職などが代表的なものです。刑事訴訟のように有罪・無罪の決定や罰金などはありません。国によって指定された捜査機関が関わることもないため、原告と被告自身(あるいはその弁護士)が手続きを行い、裁判を進めて行く必要があります。
民事裁判には賠償請求以上の意味がある
交通事故に遭い、民事裁判を起こす一番の理由は賠償請求にあります。しかし、民事裁判には賠償請求以上の意味があるのです。
交通事故の被害者としては、様々な思いを抱えて裁判に臨むものです。たとえば、交通事故の加害者に交通事故を起こしたときの心境を伺いたい、交通事故を起こしたことへの謝罪あるいは反省の念が聞きたい、加害者に精神的な重責を与えたい、といった思いです。
交通事故では被害者は多くの場合、肉体的にも精神的にもダメージを負っています。しかし、被害者は加害者を裁くことができません。そのため、ただ賠償金を増額させたいという気持ちだけではなく、様々な思いから起こされるのが交通事故の民事訴訟なのです。
民事裁判の手続き
民事裁判の手続き(手順)はどのように進めていくものなのでしょうか。民事裁判は私人間の争いですので、訴えを起こす当人かその弁護士が手続きをしていくことになります。弁護士に依頼する場合でも手続きを知っておくと、交通事故における民事裁判についての理解が深まります。民事裁判は以下のような流れで進められます。
- 訴状提出
- 第一回口頭弁論
- 口頭弁論
- 証人尋問
- 弁論の終結
民事裁判は訴状の提出から始まる
民事裁判は原告が裁判所に訴状を提出することから始まります。訴状は原告と被告の名前と住所、請求の趣旨、請求の原因を書いたものです。証拠書類があればコピーしたものも同時に提出します。訴状、証拠書類ともに自分の分の他、相手方の人数分のコピーと裁判所に提出する正本(せいほん)が必要です。
裁判所の受付は訴状を受理すると、裁判官と書記官を決めます。書記官がそれを受けて、原告の都合を聞き、最初の口頭弁論の日にちを決定します。そして、被告には訴状の副本と呼び出し状、答弁書の催告状(さいこくじょう)を送ります。
実際の裁判開始は第1回口頭弁論期日から
実際の民事裁判の開始は第1回口頭弁論期日からになります。被告はその一週間前に答弁書を送るよう求められ、当日は欠席でも良いとされています。
本来であれば、口頭弁論の場では口頭で主張を述べるべきですが、実際は陳述といって提出した書類の内容を述べたことにしています。主張段階では主に書面でのやりとりが多いため、口頭弁論は大抵数分で終わります。簡単な事件では1、2回、複雑な事件では数十回口頭弁論期日を行います。
双方の主張が終わると、証人尋問へ
双方の主張が終わると、必要に応じて証人尋問に移ります。通常は証人の尋問、主尋問、反対尋問の順で行われます。簡潔に済ます場合は原告・被告の尋問や証拠書類の参照が行われます。それぞれの尋問で、原告・被告両方の弁護士から尋問を受けます。弁護士が証人を呼ぶ場合は、予め弁護士が質問の予行練習を行うでしょう。慌てず、ゆっくりと自分の記憶をたどって証言することが大切です。
民事裁判の終了
民事裁判を終了することを結審と言います。証人尋問が終わると審理が終わり、次の期日に判決が下されます。複雑な事件では双方が「最終準備書面」を提出し、結審となります。
和解によって解決するには
交通事故における民事裁判が和解によって解決するケースはよくあります。和解案が裁判官から提案されるのは、双方の主張が終わった段階か結審前です。和解案というものは、両者の主張を汲んだものです。原告が被告に対して、目一杯の賠償金を請求するため、和解に際しては原告側が譲歩するような内容になります。裁判がどれほど長引くか不明な場合に選択されることが多いようです。
和解は被告と被告の同意で成立
和解は原告と被告が合意すれば成立します。和解のための協議は法廷とは違う部屋で、裁判官と各当事者(およびその弁護士)が個別で行います。このときに、判決の方向性が少し伺えることで、当事者はこのまま判決を受けるか、和解するかの判断ができます。和解案がまとまると、和解調書が作成されます。
判決が不服な場合は控訴も
第一審の判決に不服がある場合は控訴するという手があります。控訴とは、上級の裁判所に再度訴えることです。第一審の判決が送られてきてから2周間以内に行う必要があります。控訴する裁判所は、第一審が簡易裁判所だった場合は地方裁判所、第一審が地方裁判所だった場合は高等裁判所になります。
控訴審では、第一審と同様に事実認定と法律の適用の確認を行います。資料についても、第一審で提出された資料を引き続き使用できるほか、新たに加え、判決の基礎とすることができます。
請求金額 | 第一審 | 第二審(控訴審) | 第三審(上告審) |
---|---|---|---|
140万円以下の場合 | 簡易裁判所 | 地方裁判所 | 高等裁判所 |
140万円以上の場合 | 地方裁判所 | 高等裁判所 | 最高裁判所 |
上告は基本的にはないものと考える
控訴審の更に上級裁判所に訴えることを上告といいます。交通事故事案では上告は基本的にはないものと考えたほうがいいでしょう。なぜかというと、上告できるのは原則的に「控訴審の判決が違憲である場合」か「法律に定められた重大な訴訟手続の違反事由がある場合」に限られるためです。もしも第二審でこれらの違憲や違法が見られたのであれば、もちろん上告することができます。
民事裁判にかかる費用
民事裁判にかかる費用は賠償金額の高さによっても変わります。収入印紙として訴状に貼り付けます。民事裁判費用の一部をご紹介します。
項目 | 手数料 |
---|---|
訴えの提起(収入印紙代) | 訴訟の目的の価額に応じて次に定めるところにより算出して得た額 (1) 訴訟の目的の価額が100万円までの部分: その価額10万円までごとに1000円 (2) 訴訟の目的の価額が100万円を超え500万円までの部分: その価額20万円までごとに1000円 (3) 訴訟の目的の価額が500万円を超え1000万円までの部分: その価額50万円までごとに2000円 (4) 訴訟の目的の価額が1000万円を超え10億円までの部分: その価額100万円までごとに3000円 (5) 訴訟の目的の価額が10億円を超え50億円までの部分: その価額500万円までごとに1万円 (6) 訴訟の目的の価額が50億円を超える部分: その価額1000万円までごとに1万円 |
控訴の提起 | 訴えの提起の費用の1.5倍の額 |
上告の提起又は上告受理の申立て | 訴えの提起の費用の2倍の額 |
和解の申立て | 2000円 |
支払督促の申立て | 訴えの提起の費用の2分の1の額 |
訴えの提起にかかる手数料が分かりにくいですが、これはつまり以下のように計算します。
例えば、交通事故に遭い加害者に1,000万円の損害賠償請求を行う場合です。
100万円までの部分は10万円ごとに1,000円ですので、
100万円÷10万円×1,000円=1万円となります。
100万円~500万円の部分は20万円ごとに1,000円ですので、
400万円÷20万円×1,000円=2万円となります。
500万円~1000万円の部分は50万円ごとに2,000円ですので、
500万円÷50万円×2,000円=2万円となります。
合計すると1万円+2万円+2万円=5万円
1,000万円を請求する裁判の費用は5万円です。
この計算は面倒ですので、以下のような早見表もあります。一部を掲載します。
請求金額 | 訴訟提起にかかる費用 |
---|---|
10万円 | 1,000円 |
20万円 | 2,000円 |
30万円 | 3,000円 |
40万円 | 4,000円 |
50万円 | 5,000円 |
60万円 | 6,000円 |
70万円 | 7,000円 |
80万円 | 8,000円 |
90万円 | 9,000円 |
100万円 | 10,000円 |
200万円 | 15,000円 |
300万円 | 20,000円 |
400万円 | 25,000円 |
500万円 | 30,000円 |
1,000万円 | 50,000円 |
2,000万円 | 80,000円 |
予納郵券の費用
予納郵券とは、訴状を提出する際に予め納めておく郵便切手です。訴状などを郵送する際にここから郵便料金を捻出します。
例として、横浜地方裁判所における通常訴訟では、被告1人の場合、郵便料が6,000円かかります。2人以上なら1人につき2,144円が追加されます。
その他の費用
その他の費用として、証人尋問を請求する場合はその交通費と日当(1万円)を予め裁判所に払います。また、交通事故事案には関係が無いと思われますが、筆跡鑑定やDNA鑑定を行う場合は数十万円ほどかかります。他には、裁判記録のコピー費用もかかります。通常は証人尋問1回分で数千円です。
民事裁判の判決によっては費用負担が軽減
裁判にかかる費用を見てきました。これらは原則的には原告の負担となりますが、判決によっては負担が軽減されます。それは被告が敗訴し、敗訴者に裁判費用を負担させる判決がでた場合です。
しかし、このような判決が下される場合はあまり多くなく、和解による解決では裁判費用は原告側の負担となります。そのため、実際は多くの場合、裁判費用は原告の負担となっています。
判決により請求権が確定し、強制執行ができる
交通事故事件で民事裁判を行う目的は適切な額の損害賠償金を受け取ることです。裁判で勝った所で、お金が支払われなかったら意味がありません。しかし、ご心配は要りません。判決は請求権を補償する債務名義だからです。
債務名義には、給付請求権、当事者、執行当事者や責任の限度が記載されています。これがあると、相手側から任意の賠償金の支払いがなかった場合に、強制執行ができます。強制執行するためには、債権者が債務者の財産を特定し、裁判所に申立てる必要があります。差し押さえの対象となるものの一部を紹介します。
- 不動産
- 自動車
- 有価証券
- 貴金属
- 売上金
- 保険金
- 預貯金
- 給与
給与を全額差し押さえられるわけではない
強制執行とはいっても、給与を全額差し押さえられるわけではありません。給与から諸税、社会保険料を引いた残りの金額の1/4を差し押さえることができます。給与債権の差し押さえは、会社に債務の存在を知られることになります。そのため、債権の差し押さえの旨を通知すると、債務者がしぶしぶ支払いに応じるといった例もあります。
民事裁判では弁護士を雇わなければいけないの?
交通事故事案における民事裁判についての情報をお伝えしてきましたが、弁護士を雇うとなれば、裁判費用に加えて弁護士費用もかかることになります。雇わずに済むなら雇いたくないという声もあろうかと思います。
日本国憲法第32条には、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」という規定があります。また、民事裁判訴訟では弁護士の依頼は義務付けられていません。そのため、民事裁判は弁護士を雇うことを前提としているわけではないということになります。
本人訴訟という手段も
上記の理由で、民事裁判を起こすには弁護士を雇わない本人訴訟という手段もあります。実際に簡易裁判などでは弁護士に依頼せずに本人だけで行っている裁判も多く見受けられます。本人訴訟は今までご説明してきたような裁判の手続きと審理中の過程を全てご自分で行うということです。
本人訴訟が有効な選択肢となる場合は次の2つです。一つは請求額が少額のため、弁護士を雇うと赤字になってしまう場合です。もう一つは被告が弁護士を雇っていないため、こちらも雇わなくても不利にならないという場合です。
しかしながら、弁護士費用がかからない代わりに、多大な時間と労力を必要とするデメリットがあることを理解しておく必要があります。
民事裁判を起こすなら弁護士への相談がお薦め
交通事故で民事裁判を起こすなら弁護士への相談がお薦めです。本人訴訟を行うにあたっても、弁護士に裁判の手続きや流れについて訊くことができ、便利です。通常訴訟を起こすのであれば、弁護士を雇う方がメリットは大きいでしょう。
弁護士は弁護のプロですので、交渉に長けています。また、法律や前例、裁判の慣習、裁判官への上手な訴え方などいくらでもノウハウがあり、それらを教えてもらうことができます。他にも、諸手続きを代行してくれ、依頼者本人が動く必要性がかなり少なくなります。
費用に関しても、賠償金が獲得できれば、その中から一定の割合で支払うだけなので、弁護士費用の方が高くなる可能性は低いでしょう。心配であれば、費用が赤字にならないか、相談の際に訊いてみるのも良いでしょう。
法律のプロではない一般の人が日常生活と並行して裁判の手続きを行い、準備をすることは大変なことです。弁護士に依頼して、暮らしに支障をきたすことなく有利に裁判を進めましょう。
交通事故の賠償金を求める民事裁判のまとめ
示談や調停でも相手側の主張する賠償金額に納得がいかなかった場合は民事裁判を起こすしかありません。交通事故の賠償金を求める民事裁判には紛争を解決することができること、強制執行ができるというメリットがあります。弁護士に相談し、適切な賠償金請求を行いましょう。